流星スコア//(星巡り)08


 テルカ・リュミレース。
 聞きなれないその名を持つ世界が、ユーリたちのいた世界だと言う。
 魔導器(ブラスティア)と呼ばれるものを使って、エアルと呼ばれるフォニムに似たそれを用いて魔術――譜術と似たものを使う。今はそれはなくなったと言うが、確かに世界の仕組みが違うようだった。
 突拍子もなさすぎる話だが、現に目の前にその証拠たる者たちがいるからには、信じる他に道はない。
 そして自己紹介を初めとして、彼らにもこの世界のことを説明した。よく知った顔に改めての自己紹介をするというのも何か妙な気分だったが、それを含めて彼らの理解は早かった。
「……なるほどね。ルークから少し聞いちゃいたが、スコアに譜術に、随分仕組みが違うみたいだ」
「ええと、ナタリア? では私が借りているこの体の方はティア・グランツ……その、譜歌を歌う方ということですよね。私、とてもそんなことはできそうにないんですが……」
 ルークの姿のユーリはやれやれと肩をすくめ、ティアの姿のエステルは困ったように眉を下げた。
「そう、ですわね。けれど、そもそも譜歌は誰にでも歌えるというものでもありませんし」
「まあ、一人くらいであれば、戦力的には十分補えるでしょう。これからはユーリも戦力になってくれそうですし」
 にっこりと笑みを浮かべてジェイドはユーリを見る。ちゃっかりしている、とガイは半ば呆れたが、当のユーリは訝しげな表情になった。
「……待った。これからは、って何だジェイド。もうピオニー陛下のお使いは終わったんだろ。もうやることねえんじゃねえのか?」
「おや、お気づきですか。ええ、お使いは終わりです。ですから、元来の任務に戻ります」
 いけしゃあしゃあと何食わぬ顔でそう口にしたジェイドに、ユーリとエステルは訝しげな、他の面々はそういえば、と思い出したような声をあげた。
「そういえば元々、陛下の命令で動いてたんだっけ。テオルの森の方で植物が異常繁殖してるとかで」
「そういえばそうだったな。向かう途中で呼び戻されたから、まだ手付かずか」
 アニスが思い出したとばかりに頷き、ガイも苦笑を浮かべる。
 そもそも、そのために早く動けるようにとアルビオールをわざわざ借りたのだ。だというのに途中で引き返して来いと言い、はぐれチーグルを押し付けて、あげく密猟者をとっ捕まえさせたのは紛れもなくピオニー陛下でもある。
「陛下は私たちに頼まれたのですから、当然ルークとティアにも同行して頂きますよ」
 ジェイドの言葉に、ユーリは呆れた様子で視線を返した。
「ったく、人使い荒すぎねえか。……だが、どうせやることもねえしな。動いてれば、原因がわかるかもしれねえ」
 不本意ながら乗っ取ってるのはこっちだしな、とユーリは今の自分の体たるルークの姿を見下ろす。そして隣のティアの姿をエステルを見やってから、ジェイドを再び見上げた。
「いつまでもこのままじゃいられない。……もちろんコレの解決にも、力貸してくれるよな? ルークとティアのためにも」
 にやりと口角を引き上げて、ルークの顔でありながらどこかルークらしくないその表情は、まぎれもなくユーリのものなのだろう。
 その表情に見上げられたジェイドは、肩を竦めてみせた。
「そうですね。私も少々詰めの甘いルークのほうが扱いやすい」
「そりゃ結構。そこそこくらいは使われてやるぜ? ……ルークが怒ってるが」
「おや、褒めたつもりだったんですがね」
 普段のルークとジェイドならばしそうにない少々ひねくれた会話で、これからの方向性は決まったようだった。
 ピオニー陛下の命を実行しつつ、ユーリたちがルークたちに入ってしまったその原因を探る。また少しやっかいなことになりそうだと、その場にいた誰もが何ともなしに感じていた。


 そうして、テオルの森への出発は明日ということになった。もう既に日は暮れていたため、今日はこのままグランコクマで休むことを決めて、それぞれが宿の部屋に別れた。
 まだ多少不安げなエステルには、ユーリの計らいでラピードの入ったミュウが一晩共にいることになった。
「いつもは逃げるのに、今日は逃げないんですね、ラピード」
 ミュウの姿のラピードを膝に乗せたエステルは、そのベッドの上で首を傾げる。
 横並びに並んだ三つのベッドには、エステルを真ん中にしてナタリアとアニスがいた。
「いつも逃げられてるの?」
「というか、ラピードはユーリとフレン以外にそんなに懐かないんです。今はこんな状態だから、気を遣ってくれてるのかもしれませんね」
 宿を取るに際して、いつもの慣れた顔ぶれの女子側の部屋ではあったが、ナタリアとアニスはティアと呼びかけそうになるのを何度か飲み込まなければならなかった。
「フレンとは誰ですの?」
「あ、私とユーリの友人なんです。ラピードが小さい頃から、ユーリと二人で面倒を見ていたそうですよ」
 エステルは笑う。ティアのあまり見られない柔らかい表情が続いて、確かに別人なのだとはわかる。そのうち本人の意識も起きると言うが、もし自分がこんな顔をしているのを見たら、ティアはどうするのだろうか。そんなことをアニスが考えていたら、ナタリアがくすりと笑った。
「ティアもそうやって、いつも笑っていればいいですのに。勿体ないですわ」
「ティアは、笑わないんです?」
「そうだね、割といっつもキリっとしてるかなあ。だから何か新鮮だなって私も思ってた」
「へ、変でしょうか……」
 エステルは困ったように首を傾げる。
「いいと思いますわ。わたくしはティアはもう少し笑うべきだと思っていましたの」
「そうそう、それにわかりやすいしね。……ユーリのルークは全然わかんなかったし」
 思い返せば確かにらしくないところがあったかもしれない。だがその程度なのだ。
「ユーリは器用ですから……」
「器用不器用の問題ではないように思いますけれど……。けど、隠すのをやめてからは確かに何か変わった感じはしますわね。先程のジェイドとのやり取りも、ルークならあんな返し方はしないでしょうし」
「ああ、あれは変な感じしたよね。言ってることっていうか、雰囲気が」
 そう思えば、隠していたときはしっかり気をつけていたのだろう。頭は切れるし、きちんと見ていなかったが、剣の腕もかなり立つようだ。思わず何者なのだろうと思ってしまう。
「ねえ、ユーリってさ、何してる人なの? 一般人にしては強いよね」
「ええと……」
 アニスが興味本位で訊ねれば、エステルは答えかけて言葉を止めた。アニスが首を傾げると、エステルはにこりと微笑む。
「ユーリのことが知りたいなら、本人に聞くのがいいと思います。そのほうがよく知れますよ」
 きっとちゃんと答えてくれます、と微笑んで見せたエステルは、ティアの姿ながらどこか大人びて見えた。頼りなげな雰囲気を感じていたが、そればかりではないのかもしれない。礼儀正しい姿勢もどことなく城内で会う貴族たちと通ずるものがあるような気がして、そこはかとない親近感が無意識下で芽生えて、ナタリアは微笑んだ。
「それでは、エステルのことを教えてくださいな。私たち、あなたのことを何も知りませんわ」
「私、です?」
「そだね、これからしばらくは一緒みたいだし! それじゃ、何が好き?」
 面食らったようにぱちくりと瞬いていたエステルだが、問われればしばらく考えてから答えた。
「本が好きです。でも、さっきの話だとこちらの文字は読めそうにないのが残念ですね」
「あら、でしたらお教えしますわ。文字がわからないのは不便でしょうし、素敵な物語もたくさんありますのよ」
「本当ですか? 嬉しいです!」
「それじゃせっかくだから、今人気の恋愛小説とか教科書にしようよ、私持ってるよ」

 そうして、少女たちは現状を楽しむように、眠るまで話し続けたのだった。


***


「女子供は元気だな」
「おいおい、お前いくつだよ。……そういや、いくつなんだ?」
 一方で男三人の部屋では、女部屋のほうから聞こえる小さな声に年寄りよろしく感想を述べていた。既に灯りは落としているため、それぞれがベッドに入ってしまっている。
 ガイが問うと、ややあってルークの声でユーリの答えが帰って来た。
「二十三だな。お前は?」
「二十一だよ。道理でしっかりしてるわけだ」
 するとユーリが、二十一か、と呟く。ガイは首を傾げた。
「なんだ?」
「いいや、オレがでかい厄介ごとに巻き込まれたのも、二十一のときだったなと思って」
 懐かしむと言うよりは遠い目をしていそうな声音に思わず、何があったんだ、とガイは問う。
 ユーリは身じろいだのか、衣擦れの音がした。そして、そうだな、と答え始める。
「世界跨いで他人を乗っ取るようなわけのわからない状況になっても、まだマシかと思えるくらいには面倒なことだったかね。……何にせよ、厄介ごとには好かれてるらしい」
「……なるほど、苦労人なわけだ」
「お前もな」
 くつくつ喉で笑う声には、苦笑を返すしかないガイだ。ルークが戦闘を控えるようになってから、つまりはユーリがルークの体を動かし始めてから、そうとは知らずルークを心配していたのは伝わっていたらしい。ルーク本人ならばいざ知らず、ユーリはそれに気づける程度には敏いようだった。
「ルークは?」
「今はもう寝たみたいだな」
「へえ、わかるもんなのか」
「なんとなくね」
「……で、そっちで黙って聞いてる奴は、何も聞かなくていいのか?」
 茶化すように声をかけたガイに、すっかり寝静まったふうでいたジェイドの溜息が返った。
「人聞きが悪いですねぇ。……今聞かずとも、どうせこの先じっくり聞くことができるでしょうから」
「やなこと言うなよ、こんなので長期戦は勘弁だぜ」
 疲れた声音でユーリが溜息をつき返せば、ジェイドは淡々とした口調で続けた。
「しかし、簡単に解決策が見つからないであろうことは貴方だってわかっているんでしょう。だから正体を明かした。違いますか」
「……単にそろそろ面倒だっただけだよ」
 そうですか、と食えない返事をしたジェイドは身じろいで、これ以上話す気はないふうだった。それを感じ取りつつ、ガイはそういえば、と再びユーリに声をかける。
「エステル、だっけか。あの子とはどういう関係なんだ? ただの知り合いか?」
 それにしては随分エステルはユーリを信頼しているようで、こんな常識外れの事態でも大して混乱していないように見えた。そう言えば、ユーリは苦笑する。
「ああ……まあ、エステルは普段からどっか抜けてるっていうか変わってるっていうか。いつもあんなだな。気づくと馴染んでる。ま、何やらかすかわかんねえから、目ェ離せやしないんだが」
「手のかかる妹分……てとこか?」
「まあな。ついでに将来的には俺の嫁さん」
「よ」
 さらりと言ってのけて、彼はくありとあくびを漏らす。
「心配すんなよ、さすがに体借りてる分際で何かしたりはしねぇから」

 そんなことしたらルークが卒倒しそうだし、と余裕で言ってしまえる彼は、やはり大人なのだろう。

2012.07.03 とよづき