流星スコア//(星巡り)02


 誰だこいつ。
 目が覚めて初めに見えた顔に、ユーリは珍しく本気で戸惑った。見慣れぬ金髪の青年はユーリとどうやら同じ程の年齢に見える。一瞬だけ無類の信頼を置く友かとも思ったが、違う。
「ようルーク。気分はどうだ」
 まるで当たり前のように初めて聞く名前で呼びかけられて困惑は深まる。ふと見下ろせば自分の服装もまるで見たことがないもので、頭も軽い。触って確かめて、半ば呆然とした。
(何が起こった)
 理解も情報処理もいまいち追いつかない。だがそこで固まるような彼でもなく、ユーリは見えた窓辺に駆け寄って外を見渡した。

 どこだ、ここは。

 街並みも、窓に映り込む自身の姿“らしきもの”も全く見覚えがない。
 戸惑いを持て余しながらも、呼びかけてくる名も知らぬ青年に適当な返事を返す。
「ここはグランコクマだぞ」
 聞いたこともない地名をさも当然に出されて、面食らった。
 続けて陛下が誰だと名前を挙げられるがひとつもピンとこない。だがどうやら困惑は読み取られなかったらしい。表情に出にくいと言われる性質が好を奏したようだった。
「顔洗ってから行く」
 などと適当なことを言って部屋に残り、ユーリは一人になってようやくため息をついた。
「『ルーク』なぁ……。参ったな、こりゃ」
 どうなってんだ。
 口に出せば余計にわからなくなった。とりあえず、ルークというのは、今この自分が動かせている体のことなのだろう。赤い短髪とは、元のユーリからある意味正反対とも言える。
 とりあえず、服装や外見、武器と、先程のしゃべり方で何も突っ込まれなかったところからして、『ルーク』は一般的な男子と見ていいだろう。
 一般、にしてはいい武器と服の生地のようだから、もしかしたら極めて一般というわけでもないのかもしれない。
 そんな考察をしつつ、ユーリは手早く部屋の中と『ルーク』の手荷物を調べた。
「……なーるほど」
 宿らしい、この部屋に置かれていた機械らしきもの。手荷物にある日記らしき手記と地図。それらを見て、察せられた事実がひとつ。
 ――どうやらここは、ユーリの知るどの国でもない。
 もっと言えば、世界から違うのかもしれない。

 世界が、などと言えばその規模の大きさからお笑い種に聞こえかねない。だがユーリは世界規模の厄介ごとに正面から挑んだことがある。だからこそ、異なる世界という選択肢が浮かんだ。
 まず機械。見たことのない仕組みのものだった。どこにも魔核(コア)らしきものはなく、魔導器(ブラスティア)とも言えない。手記に綴られた文字は知らぬもので、読めもしない。地図に至っては地形からして別物だ。
「さて、どうすっかね」
 慌てるでもなくユーリは一人ごちた。
 どうしてこうなったのかは見当もつかない。だがなってしまっているからには仕方ないし、必ず原因はあるはずだ。
 まずはその原因を探るべく、ユーリは記憶をひっくり返すことにした。


 * * * 



「精霊たちの様子が変なんです」
 ギルドの仕事を終えてユーリがハルルに帰って来た翌日のことだ。
 ユーリの腕の中でとうとう観念したようにエステルは頼りない声で白状した。
 どこか様子が変だと思って問い詰めてみたが、なるほどやはり厄介事の香りのするそれを抱えているらしい。
 ユーリが帰って早々に言わなかったのは、おそらく長期の仕事で疲れていた彼を思ってのことだろう。やけに素直にくっついて来たから、彼女自身厄介事は後回しにしておきたかったのかもしれない。
 それがわかるから、ユーリは苦笑して腕に収まる桃色の頭を撫でてやった。
「……それで?」
「どうしたのかって訊いてみても答えてくれないんです。ただ、大きなマナが動いているって、それだけノームが教えてくれて」
「マナが?」
「はい。魔導器がなくなってからエアルへの干渉はできなくなったはずです。マナだってバランスが崩れているわけでもない。リタたち研究者が色々と新しい代替案を試していますけど、そんな大きな成果が出た話は聞きませんし……」
「マナが動く要因がない、と。けどそれが動いてるってわけだな」

 あの旅が終わった後、紆余曲折しながらも世界は進んでいる。ギルド凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)もまことしやかに活躍の噂が広まり、すっかり多忙の日々を極めることになった。そろそろこの少人数ではまかないきれなくなりつつある。
 その中でユーリとエステルも紆余曲折を経て、ようやくお互いがお互いの『帰るべき在るべき場所』となり、現在は自他共に認める恋人同士である。
 そしてどうやら、お互いの親友同士も少しずつ距離を縮めて行っているようだった。
 全てがすべて、丸く納まったわけではない。
 それでも幸福を素直に喜べないほど彼らは堅物でもないし卑屈でもなかった。己を投げ打つような生き方は他人まで不幸にするとよく知っているから、幸せになることをやめない。
 魔導器を失った世界の発展。帝国。副帝としてのエステルと、ただのギルドの一員でしかないユーリ。問題を列挙すれば果てしない。それでも彼らは共にいることを選択した。
 だからこその、今だ。

「……感じるんです。精霊たちが何かをしようとしている。また、何かが起こるんでしょうか」
「何か、か。気になる?」
「はい……。でも、だからと言って何をするべきなのかもわからなくて」
 だめですね、と気落ちした様子で視線を落とすエステルを、ユーリはあやすように頭を撫でた。
 彼女とて、暇なわけではない。ハルルに住んでいるとは言え、城での副帝としての仕事もあれば、絵本作家としての仕事もある。その上怪我人は一切放置できない。それに加えて、こうして気にかかることがあればどうにかしたいと思う。いわゆる、『ほっとけない病』だ。
(まあ、そりゃ俺もか)
 このお姫様のおかげで、自分も重度なほっとけない病にかかってしまった気がする。そう言うと、決まって仲間たちは「最初からだ」と口を揃えるのだけれども。
「……ま、俺たちが何かしなきゃならねえってなら、精霊たちが言って来るだろ。そんな遠慮しいの精霊じゃなし」
「もう、ユーリ」
「大丈夫だって。何かあっても、みんなでかかれば何とかなる」
 今までだって、そうやって窮地を乗り越えてきた。その経験が、これ以上ない確信と安心だ。
 すると視線の先で瞬いた大きな瞳が、ふと穏やかに細められる。
「……そうですね」
 少しは安堵を得られたのだろう、薄く開いた口から漏れた吐息は、いつも彼女が眠くなったときに聞く音をしていた。それに誘われるように、睡魔が瞼を重くして、思考がだんだんと鈍くなる。
 おやすみと言ったつもりだが、果たして言葉になっただろうか。
 けれど、おはようは間違いなく言えるだろう。彼女より、ユーリのほうが目覚めは早いはずだ。そんな他愛も無いことを考えて眠りに落ちた。


(それで目覚めてこの有様か……)
 ようやく記憶を整理して、ユーリはベッドに深く腰掛けた。そのまま、まるで何か塊でも吐くかのように重いため息をつく。
 旅の最中、次から次へと規模を増して降りかかってくる厄介ごとを前に、何か憑いてると言われ続け、最終的には自分でもそんな気がしかけてはいた。こうなっては、本当にそうなのかもしれない。
「俺はともかく、あいつらはどうなってんのかね」
 気になるところはそこだ。共に厄介ごとに巻き込まれて来た仲間たちは、いっそ全員合わせて何か厄介ごとに好かれていたような気がする。無事に越したことはないが、自分が今ここにいる以上、もしかしたらと考えてしまうのも仕方が無いことであった。
 考え込むのは性に合わないが、考えないということもできない。

 とりあえずわかることとして、今は自身のことだけで手一杯である、ということだけだった。

2011.12.08 とよづき