流星スコア//(星巡り)03


 遠くのほうで、声がする。よく聞き慣れた声だった。けれど誰だかわからない。だからもっと耳をすませてみた。そうすると、今度はごく近くで声が聞こえた。まるで頭のすぐ上、耳の隣、いいや、もっと近い。
 その声を聞いて、一瞬だけ息が止まった。声が出なくなった。いや、その前に喋れただろうか。わからない。少なくとも、今喋ってはいない。――それなのに、自分の声がする。

(誰だ!?)
 途方もない違和感を覚えて、ルークは一気に覚醒した。

『な……なんだよお前!!』
「お」
 ルークが思わず叫んだ途端、“ルーク”はふと足を止めた。
 それをルークはまるで他人事のように見ている。どこに目があってどう見ているのかはよくわからない。ただ見える。そこに自分ではない自分がいる。ますます混乱は深まった。
「ルーク? どうかした?」
 足を止めたことに気づいたティアが振り返って尋ねるのに、ルークは勝手に「何でもねえ」と答える。
 ――違う。俺は今喋ってない。
 喋っていないのに、勝手に自分が動いている。動かされている。
『ちょっと待てよ、何がどうなって……』
「……ティア、先行っててくれるか。ちっとアルビオールに忘れ物したみてえだ。探してくる」
「忘れ物って……あ、ルークっ! 一人では危険よ!」
「大丈夫だって。すぐ追い付く」
 ティアに軽く手を挙げて、ルークは来た道を身軽に駆け戻った。だがすぐにティアの死角になるよう横道に逸れて、影に身を置き、一息つく。
 その一挙一動、全てにルークの意思は一切関わっていない。自分の体のはずなのにまるで他人事だ。それに言いようのない違和感と焦燥を感じて、声を荒げる。
『おいって!』
「へいへい、やっとお目覚めかよ、『ルーク』。このままだんまりだったらどうしようかと思ったぜ」
 ルークの体を動かしている誰かはやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
 自分ならばしないだろう物言いと仕草に、ルークは自分でもよくわからないまま問う。
『誰だよお前! 何がどうなってんだ!』
「そりゃこっちが聞きたいな。ま、とりあえず自己紹介。俺はユーリだ。三日前、目ぇ覚めたらあんたになってた赤の他人、だな」
 一瞬、何を言ってるんだこいつと思いかけて、しかし現状からして冗談でも何でもないことに、ルークは愕然とする。
 ばきりと枝を踏み折った音がしてルークは我に返った。見れば、自分の足が邪魔な枝を器用に踏み分けている。だが、その感覚は伝わってこない。
『三日前って……ていうか、ここはどこだよ?』
「森の中だよ。チーグルの森つったか。はぐれチーグルを返しに来てる。あんた、どこまで覚えてるんだ。グランコクマに行ったことは?」
『覚えてる……。確かピオニー陛下にジェイドが呼ばれて……。けど俺、すぐにすげえ頭が痛くなって』
「宿で寝て、起きたら俺が入ってたってことか。……こりゃ本格的に原因不明だな」
 参った、とさほどそうでもなさそうに呟く自分の中の赤の他人――ユーリは腕を組んで背を木にもたせ掛ける。その動作もルークの意志は一切干渉しておらず、ルークの体の全権限はユーリにあった。
 ルークの意識は、幽体離脱でもしているような、まるでいつかアッシュとフォンスロットを通じて繋がっていたときのような状態だ。
「ところでルーク、一つ聞くがな。ここどこだ?」
『……は?』
 いよいよ混乱も極まりかけたルークに、ユーリは意味不明の問い掛けをした。首を傾げるという動作付きだ。
『何言ってんだよ、お前言ってたじゃねえか。ここはチーグルの……』
「そうじゃない。この“世界”だよ。……文字も地形も文化も俺の生まれ育った世界と違う。言葉は問題なく通じてるみたいだがな」
 突拍子もないその台詞に、ルークはしばしぽかんとした。――世界。規模が大きすぎて上手く飲み込めない。何の冗談だと笑い飛ばしたかったが、その前にユーリは続けた。
「俺はテルカ・リュミレースっていう世界にいた。こことは全く違う生き方をしてる世界だ。……あんたたちは、どうやって魔術を使ってる?」
『魔術……? 譜術のことか?』
「ああ、多分それだ。術技の使い方からして違うんだよ。何の道具もなしで、術技を使えるもんなのか」
『何の道具もなしって……むしろ、どうやって何かを使うんだよ。譜業のことか? 音素(フォニム)はそれぞれの生まれつきの素養があって、それで譜術師(フォニマー)の種類が決まるって聞いた、けど』
 するとユーリは、なるほどなと肩をすくめた。
「この三日間、色々調べて立てた仮説は残念ながら当たりらしいな。……やっぱ、エアルの代わりがフォニムって奴か。魔導器(ブラスティア)はねえし、みんなエステルみたいな感じで力を使ってるのかね……」
 ユーリはぶつぶつとよくわからないことを呟いて、ひとつ息をつく。ルークから見るその動作は、自分の体のくせにやけに大人びた雰囲気を醸し出している気がした。
 これでよくも三日間ばれなかったものだと思いかけて、止まる。
『お、おい! そういや俺は三日も寝てたんだろ! その間、みんな何も気づかなかったのかよ?』
 仲間の中には幼なじみや、それでなくとも鋭いジェイドがいる。彼らが何も気づかなかったとは思いがたかった。だが、先程見た限りでは、少なくともティアにはばれていない。
「ああ、特に何も。あんたがどんな奴かなんて知りもしなかったが、だいたい目立って変なとこはなかったみたいだぜ」
 何とかなるもんだな、とユーリはさも大したことではないというふうに、のんきにこつこつと靴を地面にぶつけて遊んでいる。一方でルークはそんなバカなと思う半面で、先ほどのティアを思い出して何も言えなくなった。
「だがまあ、あんたも左利きだったってのは幸いだったな。じゃなきゃ一発で怪しまれてたろうよ」
『俺が左利きって、なんで……』
「剣の差し方でわかるだろ。なるだけ発言には気をつけたり、戦闘から外してもらったりはしたけどな」
 あっさりとユーリは言うが、突然異世界に来て、見ず知らずの他人になっていて、これだけ冷静に行動できるものなのだろうか。しかしこの状況でそんな嘘をつくメリットも思いつけない。となれば、彼が言うことはおそらく事実なのだろう。
「ところでルーク、お前いくつだ?」
『は? ……十七、だけど』
「なるほど。まだまだ青春時代ってわけか。了解」
『な、なんだよそれ』
「確認だよ。あんたのこと何も知らねえし。とりあえずは、まだこのこと隠しとくからな。言っても大丈夫だとは思うが、何が起こるかわかったもんじゃねえし。……それとも、自分がどんな性格だって聞いたら、答えられるのか?」
『う……それは』
「へえ、この質問にぱっと答えられない性格。なるほどな。……ま、もうちょい原因とか調べてみたい。てな訳で、しばらくはよろしくな」
 ユーリはばっさり切り返して、あっけらかんと言い放った。

 この時点でのルークから見たユーリの印象は――なんだこいつ。
 第一印象から変わらず、むしろその印象を深くしただけとなったのだった。

2011.12.08 とよづき