流星スコア//(星巡り)04


 森の木々は風に涼やかに鳴って、街にはない清涼さを運んで来る。旅の始めに訪れた懐かしさも覚える景色が、変わらぬ雄大さで迎え入れてくれる。
 けれどそれを満足に味わうこともできず、ルークは落ち着かない気分を持て余していた。
 自分の体を自分で制御できない現状は何とか飲み込んだものの、釈然としない。しかしルークの体を操るユーリと言えば、全く気にした様子もなく、ルークにこれまでの三日間を話して聞かせるほどの余裕を見せていた。
 何でも、仲間達の顔と名前を覚えるまでは上手く聞かずにやりすごし、文字はなんとなくの雰囲気で判断したと言うから、肝が据わった奴だといっそぽかんとした。
「……で、チーグルが密猟で売られてるってんで、その犯人を捕まえて来いとあのお気楽陛下は言ったわけだ」
 その証拠だったはぐれチーグルもついでに返して来いと、さも簡単にピオニーは言ってのけてくれたらしい。実に彼らしい頼み事だ、とルークは苦笑を禁じ得なかった。
『じゃあ、尚更こんなとこ一人でいちゃまずいんじゃねえのか? ここに密猟してる奴ら、いるんだろ』
「問題ねえよ。ちょっと前にみんなやいやい言いながら通ってる。さすがに密猟者共も気づいて、今頃焦って撤収しようとしてんじゃねえか」
『それじゃ、逃げられるんじゃ……』
「あの大佐殿が逃がすもんかよ。むしろ、俺らが着いた頃には追い詰めてんじゃねえの」
 楽観的だな、と少し思ってしまう。だが確かにあのジェイドがただの密猟者程度をみすみす逃がすとも思えない。三日でそこまで人となりがわかるものなのかと感心したら、みんなキャラが濃いんだよ、と呆れ混じりの自分の声が返った。
 落ち着かないのは、自分と同じ声と話しているというこの珍妙な状況のせいも大いにある。少し聞こえ方は違えど、動いて、喋ってをしているのはまるで自分なのだから。
『なあ、ええと……ユーリ。お前は剣使えんの?』
 このチーグルの森には魔物も出る。幸いここまでで遭遇していないし、そう手強いわけでもないが、武器が使えるか使えないかでは大違いだ。
「ああ、まあ人並みにはね。だが俺のはほとんど我流だから、あんたみたいな坊ちゃんのとは大分違うだろうよ」
 坊ちゃんと呼ばれて、ルークは少し驚いた。誰かが言ったのだろうか、と思ったが、それを読み取ったようにユーリがにやりと笑った。とは言えその表情をしたのは自分の顔であるから、妙な気分は拭えない。
「当たりだな。……服にしろ剣にしろ、結構な代物だ。ナタリアもそうだな。貴族――ってよりは、王族か?」
『なんで……』
「ピオニー陛下とのやり取りで、なんとなく。……ったく、王族ってのはみんなこうしてふらふらするもんなのか?」
 呆れたもんだ、とそれにしては面白がるような口調で言うユーリにルークは首を傾げたが、それ以上問うより先に呼ぶ声があった。

「ルーク! こちらよ!」
 道の先で片手を上げて呼ぶのはティアだ。思わずルークは応えようとして、それは己の声に遮られた。
「今行く!」
 応えたのはユーリだ。今の状況では当然のことではあるが、どことなくルークは落胆を覚えてしまった。
 ティアは、彼女のみならず仲間たちは皆、ルークがルークでないことに気づいていない。彼らに非があるわけではないが、どうしてもその点が胸につかえた。
 だがそんなルークの胸中も知らず、追いついた仲間達はごく自然に自分に話しかける。
「遅かったな、ルーク。密猟者はもう捕まえちまったぞ」
 ほら、とガイが指し示した先には、密猟者達らしき数人がすっかりのびて横たわっていた。
「へえ、ガイが活躍したわけか?」
「まあ程々にな。と言っても、奴らみんなしてジェイドの旦那のトラップに引っ掛かってくれたおかげなんだが」
 罠を張ってあったのか、とルークはジェイドの手際の良さに驚いたが、ユーリの反応は違った。呆れたように肩を竦めてジェイドを見る。
「トラップ、ねえ。追い立てた上でおびき寄せて一網打尽ってとこか? ――で、ミュウは無事なんだろうな」
 端から見てルーク、実の中身はユーリが問えば、ジェイドを除く仲間たちは皆驚いたように目を瞬かせた。ルーク自身もきょとんとする。
「おや、察しがいいですねえ。あなたは見ていなかったはずですが、どうしてミュウを囮に使ったとわかったのです?」
「密猟者からして、喋るチーグルは貴重も貴重だろ。狙わない手はない。……ここに来てから、ミュウに喋らせまくってたろうが」
 わざとらしい話の振り方して、とユーリ――ルークはがしがしと頭をかく。
「すっごーい。あのルークが頭使ってるよ! なに、それとも勘?」
「アニス、お前な……」
 “ルーク”がアニスにため息をつくが、中のルークからみても思わず感心した。自分なら気づくかわからない。
「ところでジェイド、その件のミュウなのですが……まだ目を覚ましませんわよ」
 ナタリアが言って、心配そうに腕の中のミュウを見せた。
 ミュウは気を失っているようだが、いったい最終的にどんな囮とされたのか想像がつかない。
「ふむ、軽い脳震盪かと思ったのですが、どうしたんでしょう」
『……なあ、大丈夫なのか』
 思わずルークが呟くと、“ルーク”はミュウをまるで猫の子でも持つようにひょいとナタリアの腕から引き取った。
「おい、ミュウ」
 呼びかける。だが反応はない――かと思われた微妙なタイミングで、ぴくりとミュウが動いた。
 丸い目が開く。ぱちぱちと瞬く。そしてぷるぷると頭を振って、ミュウは起き上がった。
「よかった、ミュウ。目が覚めたのね」
 安堵した笑みでティアが手を伸ばす。その手に撫でられながら、ミュウはどこかきょとんとしたふうに見えた。
「……ミュウ?」
 ティアも気づいたのだろう。改めて名を呼ぶ。するとようやくミュウが応えた。とても不本意そうに。

「ガウッ」

 ――まるで犬のように、鳴いた。



 * * *



 さて困った。
 端から見ればさほど困った様子でもなく、ユーリは考えている。頃は深夜、場所はベルケンドの宿の中。寝静まった静けさが宿のみならず街中を支配していた。

 どうやらユーリの動かすルークの体とその精神は別物らしい。今、ルークの意識は眠っているようで、声が聞こえて来ることはない。規則正しく夜になれば睡魔が来て、ルークは眠るようだった。
 五感も別なようで、痛みも何もルークの体が体験したことは、本人の精神に伝わらない。思考もそうだ。ルークはユーリの考えがわからず、ユーリもルークの考えはわからない。視界も違うとあって、まるで頭が二つあるような状態だと言ってもいい。
 どうしてこうなったのか、いまだに全く見当がつかない。原因を探ろうにも不明な点が多すぎる。
(……けど、そろそろ限界だな)
 原因不明かつ不本意ながらも、ルークの体を乗っ取ってもうすぐ一週間。ルークの振りをするのに限界を感じつつあった。
 太刀筋を隠すために、何だかんだと言って剣を振るわないことにもそろそろ疑問を抱くだろう。そもそもが別人なのだから、小さな違和感の蓄積が貯まっているはずだ。それに気づかぬ程鈍い者達でないことは、この数日でわかっている。
 ――そして、何より。
「……ミュウ」
 ベッドの上の傍らで目を閉じていた小さなチーグルの名を呼ぶ。だが薄目を開けただけで、ふいと顔を逸らした。その仕草に、ユーリは苦笑する。

 ここベルケンドに来たのは、このミュウのためだ。
 チーグルの森で目覚めてから、ミュウは喋らない。発するのは全て犬のような鳴き声だけになってしまった。
 元々どうやらソーサラーリングの力で喋っていたそうだが、別に外したわけではない。外したとしてもみゅーみゅー鳴きはするがワンワンなど言わないのだそうだ。
 それの原因を探るべく、ベルケンドに来た。どうやらここはテルカ・リュミレースで言うアスピオに似た研究機関の街らしい。
 だがユーリは、チーグルの森から約一日ミュウを見ていて、原因に確信めいたものを感じていた。
 ミュウの頭に手を伸ばす。そして撫でれば、ミュウが起き上がった。窓から差し込む月光に照らされた“ルーク”を見て、わふ、と小さく鳴く。まるで期待はずれのような、けれどどこか困惑したような具合だ。
「……来いよ」
 ユーリは抑えた声で告げる。そして、部屋を出た。
 同室のガイとジェイドに感づかれても問題はないだろう。最近あまり眠れないというのを戦闘不参加の主だった理由として使っている。
 宿を出れば、夜の冷えた空気が肌にしみた。けれど気にせずユーリは大人しくついて来たミュウを見下ろす。そうして、呼んだ。
「ラピード」
 ミュウの瞳が“ルーク”を見上げる。けれどその視線は、しかとユーリに向けられていた。
「……お前だろ? 相棒」
 悪戯っぽく笑ってやれば、ミュウは「ワフ」と鳴いた。どうやら通じたと見ていい。
「お互い、厄介なことになってるらしいな」
 ミュウの異変。それが己と同じ事態ゆえだと直感したのは勘でしかない。けれど妙な確信があった。
「さて、どうしたもんかね……」
 一体自分達に何が起こっているのか。それは考えたところで、仮説さえ浮かぶことはなかった。

2011.12.08 とよづき