流星スコア//(星巡り)05


 ベルケンドでのミュウの診察を終えた一行は、アルビオールではなく船にてひとまずグランコクマへと向かっていた。
 と言うのも、操縦を努めてくれていたノエルに急用ができてしまったのだ。グランコクマでの合流を約束して、彼女とは一旦別れた。
「久々に普通の船に乗った気がしますわ。ねえティア、潮風が気持ち良くてよ」
「え、ええ、そうね」
 ナタリアに声をかけられても、ティアはどこか上の空だ。
「……心配ですわね、ミュウ。原因不明だなんて」
 ベルケンドでの診断結果は結局、不安を煽るだけとなってしまった。何が起こっているのかわからない、と研究者達は調べに調べて肩を落としたのだ。
 いまだミュウは、犬の鳴き方しかしない。
「心配と言えば、ルークもだな。最近よく一人で行動してるし、戦闘には消極的だし」
 ガイが言ってルークがいるはずの船室へ視線を向ける。真っ先に甲板に出て来そうなものだが、「後で行く」とひらひら手を振ったのだ。ミュウもルークの側にいる。
「けれど、近頃戦闘に参加しないのは自分の戦闘スタイルを見直したいからと言っていたわ」
「そりゃあ、別に悪いことじゃない。眠れないとも言っていたしな。……だがあのルークだ。今度は何を考え込んでいるのやら」
 やれやれと肩を竦めて見せるガイはやはり相変わらずルークに心を砕いているようだった。
 一方でアニスは首を傾げる。
「けど、最近ルークってば鋭い気がするよ? ノエルの急用だって、言い出せなかったのに気づいたの、ルークでしょ」
「からかっても面白い反応が返って来ませんしねえ」
 やけに見越した反応をする、とジェイドが思い返すように海面に視線をやった。
 凪いだ海面は平和に船の進行に合わせて白い飛沫を時折あげる。
 一際高い飛沫が船の側面を叩いたとき、ガタン、と甲板へのドアが閉まる音がした。見ればそこに噂をしていた当人がいる。
「おやルーク。来たのですか」
「まあな。ちっと知らせがあって」
「知らせ?」
 ルークは頷いて何でもないような口ぶりで伝えた。

「この船、盗賊に乗っ取られてるぜ」

 一瞬何を言われたのか理解できなかった。だが代表するようにナタリアが「何を言っているのですか」と声をあげて、ティアたちは我に返る。
「面白くない冗談は結構ですわ。せっかく楽しんでいますのに……」
「待ってナタリア。……ルーク、それは本当のことなの?」
 ティアがナタリアを遮って冴えた視線を送る。揺らがずにその視線を受け取ったルークは一つ頷いた。
「犯人は六人。今は防犯シャッターで持ちこたえてるみたいだが、舵が奪われるのも時間の問題だな」
「てことは、もう船内は制圧されてるのか!?」
「心配すんな、今のとこ乗客に怪我はねえよ。だがとりあえずあいつらを操舵室から離さなきゃならねえ」
 冷静な口調でルークは言って、ゆっくりと後ろ手に甲板のドアを引いた。ギィ、と軋むドアの向こうから慌ただしい足音がする。
「……どうやら、本当のようですね。それで、どうしますか」
「船内じゃやりにくい。ここにおびき出すってのでどうだ?」
「どうだってルーク、どうやっておびき寄せるって……」
 アニスが呆れたように肩を竦めて見せたちょうどそのときだ。甲板のドアの隙間から、素早く青いものが飛び出してきた。それを見て女性陣が声を揃える。
「ミュウ!?」
「よし、来たな。……さて、後は頼んだぜ!」
 言うなり、ルークは思い切りドアを引いた。そして自身とミュウはその影に隠れるように身を屈める。
 ガイ達に質問を重ねる暇はなかった。ドアの向こうから勢いよく盗賊と見られる三人が飛び出してきたのだ。
「まだ乗客がいたのか、クソッ」
「おい、あの赤髪野郎はどこだ!」
「チーグルもいな――」
 盗賊三人のうち一人は、言葉半ばで宙を舞った。巨大化したトクナガを操るアニスが巻き上げたのだ。落ちてきた所に、ガイが切り込む。
 もう一人は呆気に取られているうちに、ジェイドの譜術が足元から炸裂し、ティアのホーリーランスが狙い撃った。
 残る一人は逃げようとしたが、その前に唯一の逃げ道である甲板のドアが閉まろうとしている。どうやらルークが中に入ったようだった。それを開こうとしたところで、背中にナタリアの矢を受ける。怯んだところを、一番近くにいたアニスのトクナガによる鉄拳で沈んだ。
「ルークは?」
「中に行ったようですよ。ここにいるのは六人中三人ですから、残りを叩きに行ったんでしょう」
「あのバカ、一人で行く奴があるか!」
 ガイが呆れた、しかし切羽詰まった声音で吐いて船内に飛び込む。ジェイドたちもそれに続いた。
「まったく、何を考えているのやら」
 ルークの剣の実力は高い。だが無謀に突っ込むことが多いのだ。複数のことを見極めて判断し動くことがまだ上手くない。この狭い船内で戦法を誤れば命取りだ。何より最近は戦闘を避けるようにしていた。戦うことに躊躇いがあってはまずい。
 駆け込んだ船内は嫌に静かだった。どうやら乗客は個室に鍵をかけて息を殺している。それはありがたかった。
「この奥だな」
 船倉へ続く階段を見つけて耳をすまし、まずはガイが駆け降りる。そして後に皆が続き、その先でようやくその姿を見つけた。貨物の影に剣を抜いたルークの後姿が見える。
「ル……」
 駆けながらガイが名を呼ぼうとして、音が喉で消えた。
 ルークの目の前で、三人の盗賊のうち二人が崩れ落ちる。残った一人は剣が空を斬る音と共に一撃で倒れた。
 その剣の振るい方は、ガイの知る誰のものではなかった。少なくとも、ガイがこれまで見てきたルークの太刀筋ではない。いつもルークは気合いの声と共に踏み込む。だが今は声もなく、斬り捨てた。彼がそんな戦い方をしただろうか。
「――なんだ、来てたのか」
 一瞬の間に巡った思考を遮ったのは、いつもと変わらぬルークの声だ。
 ガイたちに気づいて、ルークは剣をしまった。その足元でミュウがけろりとした顔をしている。
「ルーク、お前……」
「なになに、ルークってばちゃんと戦えるんじゃん! 最近戦闘サボってたくせに〜」
 どうしたんだ、と口から出そうになった自分でも把握しきれないガイの問いは、アニスの調子の高い声でかき消された。
「あ? ああ……たまには休んだっていいだろうがよ」
 アニスが駆け寄るのを合図にしたように、ティアやナタリアもルークに駆け寄る。だがガイとジェイドだけは、しばらく黙ってルークを見ていた。
 おそらくはジェイドもガイと同じ違和感を感じたのだろう。けれどもその違和感が正しいものだったとして、どう対応すべきなのか、判断しかねていたのだった。

2011.12.08 とよづき