流星スコア//(星巡り)06
『お前、強いんだな……』
ルークはぽそりと呟いた。普通ならば目の前の巨大な滝の水音に掻き消されるほどだったかもしれないが、内側から呼び掛けているから当然通ることを知っている。
ここは再びのグランコクマだ。
チーグルの森で密猟者の一件を終え、本来ならばすぐ報告に戻るところを、ベルケンドに寄ったことで先延ばしにしていたのだ。今は報告を終え、各々が休息を取っている。
ルークの体を動かしているユーリは、苦笑を浮かべた。
「相手が弱かっただけだろ。そのくせすばしっこい。おかげで太刀筋見られちまった」
『太刀筋見せないために戦ってなかったのかよ?』
「剣を扱う者なら、すぐバレるに決まってるからな」
確かに、ユーリとルークの戦い方は大分違う。それは先の戦闘でよくわかった。
けれどユーリは強かった。もしかしたらルークよりも強いのではないかと素直に思った程だ。
船で盗賊の乗っ取りに気づいて動いたときも、その判断と行動は素早かった。船長に知らせて乗客たちを部屋に入らせ、いよいよ盗賊たちが動くとなった段では既にそのとき取れる船内の自己防衛は万全だった。ルークにあれほど上手く人を説得できるとも思えなかったし、何より自分だけの判断であそこまで動ける自信はない。
『でも、それじゃ……』
「違和感は感じてるだろうな。ジェイドやガイ辺りは特に。……けど、本人が本人以外かなんて聞けるもんでもねえだろ」
『そりゃ、そうだけど』
「いい加減オレが出て行く方法を探したほうがいいかね。けど、ラピードもいるしな……」
『ラピード?』
さらりと出された知らぬ名前に首を傾げる。するとユーリはひょいと足元にいるミュウを指差した。
「ミュウに入ってるオレの相棒。なんでこいつまで来ちまってんだか」
――そのときルークは、初めてミュウの異変が自分と同じ状況にあるせいだと知らされた。入っているのはユーリの相棒の、犬らしい。なるほどそう言われれば鳴き声にも納得が行く。それに、他はともかく、よくユーリの言うことを聞いている。
『ど、どうなってんだよ!』
「オレが聞きたい」
疲れたようなため息を落とし、ユーリは緩く頭を振った。
足元にいたミュウ――正しくはラピードも、同じくやれやれと言わんばかりにクゥと鳴いた。
「そんなとこで何してんだ、ルーク」
気軽な調子で声がかけられて、ユーリが――ルークが振り向く。片手をあげて近づいてくるのはガイだ。普通に話すには水音が少々邪魔なため、”ルーク”からガイのほうへと足を進めた。
「お前こそ、いいのかこんなとこにいて。陛下のお相手はどうしたんだよ?」
「ジェイドに任せて来た。ま、じきにあいつも逃げて来るだろうとは思うがな」
また何かお使いやら言い出さなきゃいいんだが、とガイは肩を竦める。だがその表情がふと真顔に戻り、ルークを見た。
表情を見て、内側でルークは漠然と、ガイが問うつもりだ、と察する。
「……おかしなことを訊くようだが。ルーク、お前何かあったのか?」
少し前から、と彼は続ける。
「たまに様子が変だとは思ってたが、この間の戦闘、あれはまるで――」
「別人のようだった」
声を被せるようにガイの言葉を引き取ったのは横から入った一声だった。見ればジェイドが相変わらずの笑みを浮かべながら歩み寄って来ている。
「失礼、興味深い話が聞こえましたので。私も混ぜていただけませんか」
問う体で言ってはいるものの、否など言わす気もないのだろうことは、経験則でわかる。
どうやら本当に彼らは勘付いていたらしい。別にばれたところで問題はないだろうとわかりつつも、ルークはどことなく複雑な心境で、内側で二人の名を呟いた。
「別人、ね」
ルークの体を動かすユーリは、しばしきょとんとした顔をしてみせていたが、含みのある言い方をしてくつりと笑った。それはルークがしない類の笑い方で、これまでユーリもその辺りには気を配っていたはずだ。だが彼はそれを忘れたように、にやりと笑う。
「――そうだと言ったら?」
* * *
「あーっ!! 見つけた三人とも! ルーク、大佐、ガイ!!」
甲高い叫びが三人の会話を中断させた。声だけで見るまでもなくそれが誰かはわかったが、少々面食らって彼らは駆け寄ってくるアニスを振り返った。
「どうしたんですか、アニス。驚きましたよ」
微塵も驚きなど滲ませていない顔で声をかけたジェイドに、アニスは構わずきゃんと叫ぶ。
「早く早く! 宿に戻ってくださいよぅ! 大変なんですってば! ――ティアが倒れたんです!!」
四人が宿に戻れば、心配そうな面持ちのナタリアがティアの横たわるベッドの傍らで立ち上がった。
聞けば、街で買い物をしていたときに頭痛を訴えて、宿に戻るやで倒れてしまったらしい。
「お医者様の話では、大事無いからじきに目も覚ますだろうと言うことですわ」
「なんか、こないだのルークみたいだよね。流行ってるのかなあ?」
アニスがこてりと首を傾げるのに、”ルーク”は「さあな」ととぼけて見せる。
内側にいて、ルークはいつにもなく落ち着かない気分だった。
(何考えてんだよ、ユーリは)
先程、ユーリは確かにガイとジェイドの前でルークとは別人であるようなふうをほのめかした。しばらく隠す、と言ったのはユーリだが、彼はこのまま明かしてしまうつもりなのだろうか。
確かに隠すメリットはほとんどない。だが、原因に思い当たることもまだ掴めていないのだ。
当のユーリは何食わぬ顔で(とは言え、自分の顔だ)ティアの様子を見ている。その彼の様子を、ガイとジェイドが注視しているのもわかっているはずだが、気にした素振りもない。
ああ、もう。ルークはやるかたないもどかしさに苛まれた。ティアが倒れているのに、今の自分では何をしてやることもできない。その事実もまた、妙に焦りを覚える原因だった。
「……ティア?」
ナタリアの呼びかけに、ルークは内側からティアに視線を戻した。
ぴくりぴくりと瞼が震えて、瞳が覗く。
「目が覚めたんですのね、よかった」
安堵の息をつくナタリアに、ティアはまだ半覚醒の状態で、ええ、と応えた。そしてしばらく間を置いてからゆっくりと起き上がり、ようやくいつものしゃんとした表情に戻るかと思いきや、ティアはどこかきょとんとした顔できょろきょろと周りを見渡した。
「……え? え?」
ぎゅう、と布団を握り締め、周りの顔ぶれを確認し、ついには困惑も極まった様子で、いつもとは全く違う、頼りない声音で呟いた。
「あ、あの……ここは、どこです……?」
2011.12.09 とよづき